遠距離介護ブログ②【泥棒侵入疑惑?】

介護

こんにちはhiromaruです。

この遠距離介護日記は、九州の離島に住む義父母に認知症状が出始め、その介護に追われ奮闘する日々を記しています。

一人っ子の夫にかわり嫁である私が、神奈川と義父母の住む鹿児島の離島を毎月行き来しながら介護を行っています。

〔数年前に義父に軽い認知症状→昨年末(2020年末)から義母も認知症状でる〕

 

昨年末、義父母宅の車の事故騒ぎや泥棒騒ぎで、すっかり私達夫婦も早急な介護対策を考えなくてはならず気が急いていました。

『前回までの話はコチラ👇』

そんな中、決断遅しとばかりに義母ははから電話が入りました。

又泥棒が入った?

泥棒が入ってお金無い!

この辺り一帯に入ってるみたい。
お金が無いから送って欲しい。

義父母は年金生活者で生活するのに有り余る程のお金がある訳ではありませんが、二人で生活するには十分なお金は有るはずでした。

夫が昨年義父の痴呆を心配し、帰省時に両親の家計は大枠確認済みだったのも有ったので何故お金が無くなるのか?疑問でした。

どうして???

何故なくなっているのだろう?
一体何に使っているのだろう?

でもよく考えると、いくつか不安な点がありました。

 

義父ちちは昔、仕事関係の人の保証人になり若い頃多額の借金を背負ったり、おまけに義母ははも親戚に頼まれお金を貸していたりする事が有ります。

又ちょっとした家の修繕や塗装、屋根の葺き替えも付き合いを断れず、度々工事をやっていたりしました。やらなくてもいいのではないかと思う工事もありました。

田舎特有の付き合いや又いろんな家族の歴史からの謎のプライドや見栄、その為に使っているお金はかなりの額に上ったと思います。

 

余り意味の無い工事を引き受けてるんじゃないかな?

とりあえず困っている様子だったのでお金を送金しました。

その10日後親戚の方から電話が入りました。

どうも様子がおかしいよ、

ちょっと痴呆があるんじゃない?

「泥棒に入られた、通帳が無い」

と言っているよ。

見てあげた方が良いよ!

そう言われました。

丁重にお礼を言い、電話を切ってから、

義母かあさんも痴呆なのかな?
ん~どうする…⁈

どうにかしなくてはいけない・・・

心がざわつき始めました。

夫と話し合い、夫が何とか2~3日程休みが取れそうな日を狙い、ひと月後に帰省する計画を立てました。

 

そう計画した2日後、又義母ははから電話が入りました。

誰かが家に入ってる、誰かがお金勝手におろしてる!

 

印鑑も通帳もなくてお金が、おろせない。
又誰かが勝手におろしてる。
二人共少ししかお金がなくなっている。
郵便局がおかしかぁ…入金先も変えたい…

えー?お金全然ないの?

ちょっとは有るけど、余り無い…😢

もう訳がわかりません。…… 🤪

色々質問してみても全く状況がわかりません・・・😣

しかし泣きながら話す義母ははの様子を電話口で聞きながら思わずこう言いました。😩

 

う~ん、もー……😓

分かった‼

予定を済ませて2週間後に行くから!

 

それまで大丈夫?
来月から毎月行くよ!

 

そのかわり私にお金を管理させて欲しいの
二人の入金と支払い全部やるから、
生活費おろせる通帳ひとつだけ残して、

お金を使えるようにしよう!

無くなったら又私に連絡すればいいから‼

うん、もうお願いしたい…

頼みます、そうして欲しい。
もう分からんから…

分かった、

2週間後そっち行って全部やるから!

私は、家中ウロウロして歩き回り考えました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

思わず独断で決めて、とっさに言っちゃったな💦

 

しかし…痴呆は、お義父とうさんだけかと思ってたのに…
義母かあさんもお金の管理が全くできなくなってる。

こりゃほんとに二人共痴呆なのか…

いや~、まいったな~…

 

私のやりたい事はどうなる???😣

 

でも、、、頼られてるのにほっとけないし、

とにかく案ずるより産むがやすしだ、・・・・

 

これでいいんだ!行けばいいんだ!行くしかない!

 

 

 

 

 

 

結局二人で行く計画が、予定を早めて私一人で行く事にしました。

荒波にもまれる過去

これまで我が家をひとつの船に例えるなら、大激流が何度も有り、転覆の危険が何回もありました。衝突も数知れずありました。

自分は悪くないのに、夫がいつも問題をもってくると長い間思っていた時期が有ります。借金、付き合い、半端な独立計画、親子間…書ききれない位様々な問題がありました。


暗礁に乗り上げ、身動きが取れなくなり、不安になり、早く楽になる為にも下船しようと何回も考えました。

しかし私は、結婚直後に義母はは義母ははの姉にあたる全盲の伯母の二人から家族関係の壮絶で複雑な痛み苦しみを聞き、この家族だけは、大事にしたいのだという悲痛な願いを何回か明け方迄聞かされた事がありました。

そんな過去が有ったからか…

結局激流をかわしながら、私は、この船に乗っています。
この難破船のような船を下船せずにきた決断の中には義母ははの刷り込み?もあったからかもしれません。

 

 

そしてこれ迄の経験から、夫婦で話し合う前に自分はどうしたいのか?どう動く事で一番自分が納得するのか?を時には沢山の本を読んだりしながら明確にしていくようになりました。
そして自分の考えがはっきりした状態で夫と話し合う事にしています。

自分で決める事で、問題について冷静に話し合えるし、後悔や責任転嫁が起こらなくなると思ったからです。(そうは言っても、夫には相当ぐちって来ましたが…支離滅裂😅💦)

若い時はお互いに舵を取り合う形で喧嘩になっていたのかもしれません。しかし今の夫は、ほぼ私の性格や考えを尊重し支援していると思います。

夫に問題があったと思っていた事柄は、私の中の強さがアンバランスを起こさせていた事も一因だと、度々の大激流で学びました。

過去に波乱が多く有りましたし、思考も真逆の家族でしたが大変な時期に何度も義父母りょうしんには、たくさんの数々の贈り物を周りがあきれる程、定期的に頂いてきました。手作りの米、味噌、芋、野菜、果物、漬物等の食品の他に子供達の進学の際の金銭的な援助等…助けて貰っていました。

なのでやはり義父母りょうしんにはかなりお世話になってきています。特に義母ははは、大激流を乗り越えてきたおかげで私に絶大な信頼と感謝を常に口にするので、私はつい心地良くなり調子に乗り、応えようとしてきました。

結局私は、この船に乗った時から性質を見抜かれ、上手く舵取りを任せられる様にさせられていたのかもしれません。

私は、手を付けたくない面倒な問題に対して、ベールをかけるのを辞めよう!

もう覚悟を決めよう!そう思って幾つかのあの激流の時と同じ様に船をこぎ出す事を決めました。

忙しい夫には、会社での役職もあるので、私の分も稼いで貰う形で動いてもらい、介護については主に私が動く事で話し合いました。

 

2週間後、義父母や夫、家族の協力を得て私は九州に飛び立ちました。🛫

そこでは、予想以上の波乱が待ち受けていました・・・・・・

にほんブログ村 介護ブログ 遠距離介護へ
にほんブログ村

コメント

タイトルとURLをコピーしました